かいつまんで読む『罪と罰』 第2回(全6回予定)
 
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    ラスコーリニコフはずいぶん長い間横になっていた。ときおりふっと目を覚まして、すっかり夜になったのに気づいたりもしたが、起きようという気は一度も頭に浮かばなかった。あたりが白々と明るくなってきても、彼は、さきほどの前後不覚の状態から抜けきれず、ソファーの上にじっと仰向けに寝転んだままだった。突然、往来のほうから恐ろしい絶望的な叫び声が聞こえてくる。だがそれは、毎晩きまって2時過ぎに窓の下から聞こえてくる叫び声だ。今、彼の目を覚まさせたのも実はその声だったのである。『ちぇっ、酔っ払いどもが酒場からご退場か。…。するともう、2時過ぎか』 とたんに彼は、まるで誰かにソファーから叩き落されでもしたように、ガバッとはね起きた。『なに! もう2時過ぎだって!?』 彼はソファーの上に座りなおした。---すると不意にすべてのことを思い出した! とつぜん、一瞬のうちに、すべてのことを思い出したのである。

     パニックといっしょにやってくる悪寒。歯ががたがたとふるえ出す。部屋を見まわしてみる。あんなことがあった後だというのに部屋に掛け金さえかけていないなんて。服を着たまま、帽子も脱がすにそのまま眠ってしまうなんて…。
     ラスコーリニコフは窓からの光をたよりに身の回りを調べにかかった。悪寒にふるえながら服を脱いで調べてみる。三度もくり返し。ズボンに少し血のしみがある。慌ててナイフでその部分を切り取った。ほかはだいじょうぶのようだ。そのとき突然ひらめく。あのとき奪った財布も品物もそっくりそのままポケットに入れたままじゃないか。今の今までそんなことに気づきもしないなんて。品物をポケットから取り出すと、部屋の隅の壁の破れ目に無理矢理いっしょくたに何もかも突っこんだ。よし、うまくいったぞ。おあつらえむきだ。隠したところの壁紙が少しふくらんでいるのを満足げに眺めていた彼は、再び恐怖に駆られる。ボクはいったいどうしてしまったんだ。こんな隠し方ってあるもんか!
     どうしたわけか睡魔が襲ってくる。熱のせいだ。彼はそのままソファーで眠ってしまった。だが、すぐに目を覚まして飛び起きる。着ていた服をひっつかんで調べてみる。ほら見ろ、脇の下の輪っかがそのままじゃないか。慌てて引きはがし、ずたずたに引き裂いた。まだ何か忘れているのじゃないか、と頭を働かせようとするのだが、記憶力も、思考能力も底をついているようだ。これが刑罰じゃないのか。愚かになるということが…。部屋の真ん中に目をやると、さっき切り取ったズボンの切れ端がそのまま床に落ちている。ほんとにボクはどうしてしまったんだ?
     もしかすると自分は実は血まみれなのじゃないか、という考えが頭に浮かぶ。思考力が鈍っているために気づかないだけじゃないのか? 不意に彼はあの財布も血まみれだったことを思い出した。まだ記憶力は残っているらしいぞ。ただ熱で弱っているだけなんだ。財布を入れていたポケットの中にも血が付いているはずと気づいて、裏地をぜんぶ引きちぎる。靴下も血でベトベトだ。
     ラスコーリニコフは、靴下や引きちぎった布きれを手に、部屋の真ん中に突っ立った。燃やしてしまうか、捨ててしまうか…。どうするのが一番いいか。たった今、ただちに外に捨てに行くべきだ! そう決意したが、しかしその気持ちに反して彼の頭はまたもや枕に沈んでいってしまうのだった。
★7月10日
    激しくドアを叩く音で彼はようやく目を覚ます。ナスターシャが部屋を覗きに来たのだった。ドアの向こうから門番の声も聞こえる。なぜ門番が…? しつようにドアを叩くナスターシャに根負けして、ラスコーリニコフはドアの掛け金をはずす。ナスターシャは妙な目で彼を見つめていた。ラスコーリニコフは恐怖にかられながらも、挑戦的な目で門番をにらみつける。
    「呼び出し状ですよ、警察からの…」門番は二つに折られた書類を手渡しながら言った。
    「警察!? 何の用があるっていうんだ?」
    「そんなことワシが知るもんですかね。行きゃあわかるでしょうが」
    「なんだかすっかり病気みたいねえ…」ラスコーリニコフの様子を観察するように眺めていたナスターシャがつぶやいた。門番が振り返ると彼に言い訳するように付け加えた。「この人、昨日から熱があるのよ」
     ラスコーリニコフは無言のまま、さっきの書類をただ握りしめていた。彼女は心配そうに声をかけた。「そんなもの気にせずに寝てなさいよ。病気なんだから、今行かなくてもだいじょうぶでしょ。…。あら? その手に持ってるものは何?」
     彼は彼女の目線の先に目をやった。右手には切り落とした例の布きれと、靴下と、引きちぎったポケットの裏地が握られていた。握ったまま眠っていたのだ。
    「なによ、ボロ屑じゃない? あきれちゃうわ、そんなものを大事に抱いて寝てたの?」と言うと、ナスターシャはゲラゲラと笑いころげた。すばやく彼は手の中のものをコートの下に押し込むと、じっとくいいるように彼女の顔を見つめた。彼にはまだしかっりと筋道をたててものを考えられる判断力は戻ってきていなかったが、ひとつわかったことがあった。何か疑ってるんだとしたら、きっとこんな態度はとらないだろう。『それにしても、警察から呼び出しとは…』

     ナスターシャをうまく追い出すと、ラスコーリニコフは靴下と布きれを調べにかかった。汚れてこすれて血のあとなんかわかりゃあしない。ナスターシャだってきっと気づかなかったろう。それから彼はふるえた手で書類を読み始めた。何度も何度も読んでようやくその意味が頭に入ってくる。今日の9時半に出頭しろ、というだけのことだった。
     たいしたことじゃありませんように、思わず彼は神に祈ってひざまずきかけた。しかし、すぐに笑いだした。祈るなんて珍しいことをしかけた自分にあきれたのだ。破滅なら、破滅でいいさ、と彼は例の靴下をわざわざはいてみた。とたんにふるえがくる。いったんは脱いだものの、結局はまたはき直して出かけることにした。足はガタガタふるえていた。頭はふらつき、ずきずきと痛んだ。

     警察に向かう途中、ラスコーリニコフの頭はフル回転していた。これはきっと何かのワナだ、とか、熱のせいでへまなことを言ってしまうかも、とか、留守の間にあの品物を警察が見つけてしまうんじゃないか、とか、少しでも尋問されたらとたんに自白してしまうんじゃないか、とか。
     途中、例の建物が目に入った。一瞬凝視したものの、すぐに目をそらす。太陽がギラギラと彼の目を射る。街はあいかわらず耐え難い熱気にあふれている。なんでもいい、ただ早くすんでくれれば…。
     警察署は彼のアパートメントから2〜3百メートルのところにあった。まだ新しい建物、その4階だ。中に入ったら、いきなりひざまずいて何もかも話してしまおう…。4階にのぼりついたとき、彼はそんなことを考えていた。

     受付で指示された部屋に行ってみると、大勢が順番を待っていた。事務官らしき男に呼び出し状を見せる。特に気になる様子はない。どうやらあのことじゃあないらしい。そう思うとラスコーリニコフは少し元気が出てきた。でも、気をつけないと。些細な不注意からほころびができるかもしれない。



※注釈は制作中です
    それは地区警察署長の副署長で、ペトローヴィチという男。左右にぴんと水平に飛び出すような赤ひげの持ち主で、えらそぶった無表情な男だった。ひどくこじんまりした目鼻立ちをしている。彼は気分を害したようにラスコーリニコフをにらんだ。みすぼらしい衣服に似つかわしくない堂々とした態度の若造。その若造が、あまりに長いことじっと顔を直視してくるもので、とうとうペトローヴィチは怒り出した。
    「なんだ、きさまは!?」
    「出頭しろと言われたんですがね…。この呼び出し状で…」ラスコーリニコフは少しびっくりはしたが、なんとか返事した。
     受け付けた事務官が、慌てて説明する。「この大学生に、借金取り立ての訴えが出てるんです」と、彼はファイルの一部を指さし、そのファイルをラスコーリニコフに急いで持たせた。「ここですよ。ここを読んでごらんなさい」
    『借金だって…? 何の…? てことは、いずれにせよ、あの件じゃないことだけは間違いなさそうだぞ』ラスコーリニコフは嬉しさに身ぶるいした。気分が一気に軽くなる。肩の荷が下りるとはまさにこのことだ。
    「きさま、今何時だと思ってるんだ! 何時に出頭しろと書いてあるんだ!? おい!」ますます腹をたてた様子でペトローヴィチはどなりだした。「ここに9時と書いてあるだろうが! だというのに、きさま、もう11時を回っとるじゃないか!」
    「ついさっき、15分前にそれを受け取ったものでねえ」大きな声で堂々と答える。ラスコーリニコフは喜びさえ感じていた。「それにボクは病人で、高熱をおしてこうして出てきたってのに! それだけで十分じゃないですか!」
    「そんなに大きな声でわめくな!」
    「ボクはわめいてなんかいませんよ。きわめておだやかに話しているつもりです。わめいているのはあなたじゃありませんか。ボクは大学生ですからね、頭ごなしに言われてただ聞いているというわけにはいきませんよ」
     ペトローヴィチは言葉を発することもできないくらいに逆上し、口をあぐあぐさせていた。口の端からしぶきを飛ばすばかり。彼はいきなり椅子から跳ねるように立ち上がった。
    「だ、だまれ! きさまはここが警察だとわかっているのか! 俺に軽口をきくのはよせ!」
    「あなただってその役所の中にいるのでしょう」ラスコーリニコフは応酬した。「あなたはどなっている上に、タバコまですってるじゃありませんか。つまり、ここにいる市民みんなをないがしろにしているということですよ」そこまで言うと、ラスコーリニコフはなんともいえぬ快感をおぼえた。
     事務官の男はにこにこ笑いながら二人の様子を眺めていた。短気な副署長がやりこめられているのを楽しむように。
    「そんなことはきさまの知ったことか!」と、ペトローヴィチは不自然なくらいの大声でどなった。「そんなことより、自分に対する訴えにちゃんと目を通して陳述書でも書くことだ。この大学生に見せてやりたまえ、ザミョートフくん。きさまは、告発されてるんだ! 金を払わないってんでな! まったく実に立派な大学生だよ!」

     ラスコーリニコフは訴状に飛びついて何度も読み返した。額面150ルーブルの未返済借用証書。
     その訴えはこういうことだった。部屋を借りているおかみさんが、チェバーロフという男からの借金のカタに、証書にしてあったラスコーリニコフの未払いの部屋代を差し出したというわけだ。おかみさんが、まさか、そこまで…。
     副署長は、ラスコーリニコフにやりこめられたことへの八つ当たりで、別の女にどなりちらしている。たどたどしいロシア語で言い訳するドイツ女。その話に、ラスコーリニコフは興味を持つ。女は、安酒場のママで、客とのトラブルで大騒ぎになって警察に呼びつけられていたのだった。女の名は、ルイーザ・カテリーナと言った。カテリーナ…。女が帰ってもまだ副署長の口撃はゆるまない。ラスコーリニコフにさらにくってかかろうというところへ、警察署長のフォミッチがやって来る。穏やかでいかにもデキる男。副署長をうまくなだめて落ち着かせ、ラスコーリニコフにもやさしい言葉をかける。
     新しい役者の登場に、ラスコーリニコフは高揚して、ペラペラと、長々と、自分のおかれた状況を説明し始めた。事務官にさえぎられてもおかまいなし。ここに居合わせた連中の注意を惹くようなことを何かしゃべりたくてしょうがなかったのだ。部屋代をためたわけ、おかみさんと自分の関係、むしろおかみさんのほうからいくらでもお金を貸してくれたんだということ、証書にサインした顛末、証書があくまでも形だけのものであって本気のものではなかったということなどなど。
     書類に記入する段になって、ラスコーリニコフは急激に冷静になってきた。警察署の中で、これ以上よけいな話をしてはいけない。たとえ相手が警察の人間でないとしても、今この時期に何か話をするなんてことは自殺行為でしかない。そういう危険を察知する感覚が突然働き出したようだった。

     事務官から言われるままに書類に記入するだけのことなのに、書こうとしてもなかなか書けない。頭がくらくらしてペンを握ることがままならないのだ。
     それでもなんとか書き終えて帰ろうとしたものの、ラスコーリニコフは立ち上がることもできなかった。脳天に釘でも打ち込まれたように頭が痛んだ。このとき、奇怪な考えが彼の脳裏に浮かんだ。…。今すぐ、フォミッチ署長のところへ行って、昨日のことを何もかも残らず、ことこまかに全て打ち明け、それから一緒にアパートに戻って、壁の穴に隠したあの品々を見せてやろう、そんな考えであった。実際に実行しかけて椅子から立ち上がろうとしたほどの強烈な思考。だが、実行に移す直前に彼は聞いてしまったのだ。聞こえてきたのだ、署長が副署長に話す声が…。ラスコーニコフはびくりと身を固くした。
    「もしこれが二人の仕業なら、なんだって門番を呼びに行く必要があるんだね? 自分たちを捕まえてくれとでもいうのかね? もし逆にそれがわざと疑いがかからないようにしたというのなら、いくらなんでも知恵が回りすぎるというもんだろう。それにもうひとつ、大学生のペストリャーコフは、門を入っていくところを、門番二人と通行人の女に見られている。しかも彼は門のところまで友人たちと一緒に歩いてきて、そこで別れたばかりか、友人たちの目の前で門番に婆さんの部屋のことを訊いてるんだからね。もしそんなもくろみでやって来たんなら、誰がそんなこと訊くもんかね? もうひとりのコッホの方も、これは婆さんのところへ行く前に、下の階の銀細工師のところで30分も話しこんでいて、きっかり8時15分前にそこから婆さんのところへ上がって行ったというんだろう。そういった状況を考えれば…」
    「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。二人の話には怪しいところがありますよ。矛盾してるんですよ。最初にノックしたときはドアがちゃんと閉まっていたと断言している。でも、3分後に、門番と一緒に戻ったときにはドアは開いていた」
    「それこそが事件のポイントだろう。つまり、犯人はそのとき間違いなく中にいて、ドアに掛け金をおろしていたわけさ。だから、コッホが、下が気になってその場を離れるなんてヘマをしなければ、きっとその場で犯人は捕まっていたはずだ。犯人はちょうどその隙に、うまい具合に階段を下り、みんなのわきをするりとすり抜けてしまったんだよ。コッホのやつは両手で十字を切りながら『もしもわたしがあそこに残っていたら、きっと犯人が飛びだして来て、わたしも斧で殺されていたはずだ』なんておびえてたよ。釈放されたら神に感謝の祈りを捧げに行くそうだ。フフフ…」
    「しかし犯人を見た者がひとりもいないなんて…」
    「見るはずがあるもんですか。なにしろあの家は…、ノアの方舟ですからね」と、横から事務官のザミョートフが口をはさんだ。

     その様子を尻目にラスコーリニコフはよろよろと戸口の方に向かおうとするが、そのまま気を失ってしまう。気がつくと目の前にはフォミッチがいて、ラスコーリニコフの具合を気遣っている。横にいたペトローヴィチが、からかい半分に質問してくる。昨日の外出のことを訊かれると、ラスコーリニコフは青ざめつつも、ペトローヴィチの目を静かに見据えた。フォミッチ署長が、病人はそっとしておいてやれ、と助け船を出す。しかし、その直後、フォミッチもペトローヴィチもラスコーリニコフも黙り込む妙な間が生まれる。フォミッチは何か言いかけて、ラスコーリニコフの顔をじっと見る。
     部屋の外に出ると、事務官を含めて3人が何やら話し合っているのが聞こえてくる。なかでもフォミッチが疑問符を連発している様子がよくわかった。『あいつら、ボクを疑ってやがる…』ラスコーリニコフは完全に正気を取り戻した。さきほどチラッと感じた恐怖がまたもや全身を襲っていた。

    部屋に戻ると、彼は、壁の穴から例の品物を全部引っぱりだしてポケットにつめこんだ。アクセサリー入れのような小箱が2つ、革袋が4つ、新聞紙でくるんだ鎖と、もうひとつ新聞紙でくるんだ勲章のようなもの。それと財布だ。それらを全部持ち出すと、ドアを開け放したままにして出て行った。
     自分を尾行させる命令が出る前に証拠品を処分する必要があった。水の中に投げ込もうと川岸をさまよい歩いたが、決行しようとするたびに、女が洗濯していたり、ボートが近寄ってきたりで実行できない。少し離れたニェヴァ河の方ならなんとかなるかとそちらに向かう。いや、しかし水の中に投げ入れてしまえば二度と取り戻せない。そこらの島に隠して目印でも付けておく方がいいんじゃないか。合理的な考えができている自信はなかったが、間違っていないことのように思われた。

     しかし、ラスコーリニコフの運命は、島とは別にあった。大通りから広場へ出る途中で、人気のない資材置き場を見つけたのだ。工場か何かの建物の裏手にあって、そこに面する壁には窓がひとつもない。通りからも陰になっている。壁にもたせかけた大きな石材、それを少し動かすと下にはおあつらえむきのくぼみがあった。そこにポケットのものを残らず放り込むと、石を元に戻してまわりを足で踏み固めた。目に付くような痕はまったくなくなった。
     これで証拠はなくなった。あの石の感じからして、家が建ったころからあそこにあったはずだ。抑えきれない歓喜が彼を包む。もしあれが見つかったとしても、自分とのつながりなんて何もないんだから。彼は思わず笑い出した。そしてそのままくすくす笑いながら広場を通り抜けた。しかし、一昨日の少女を見かけたあたりにさしかかると急にまた不安になる。あの警官に出くわしたらどうしよう…。
     そんなことよりもっと、心の奥に何かひっかかるものがあるのを感じながら、ラスコーリニコフは落ち着かない悪意のこもった目つきを周囲に向けながら歩いていく。
     突然彼は足を止めた。ひとつの疑問。今まで思いつかなかったのがふしぎなくらいの単純な疑問が彼の心をとらえたのである。
    『もしもあれが突発的なことでなく、きちんと意識的に、しっかりした目的を持って行ったんだとしたら、いったいそういうわけでおまえは、今の今まで財布の中を覗いて見ようともしなければ、手に入れたものが何なのかも知らないなんてことになるんだ? いったい何のためにおまえは、あれほど恐ろしい思いをして、あんな卑劣な、醜悪で、軽蔑すべき行為を働くようなまねをしたんだ? 現にさっきも、あの財布を、まだよく調べてみないほかの品物といっしょくたにして、水の中に投げ込もうとしてたじゃないか。…。あれはどういうことなんだ?』
     そのとおり、何もかもそのとおりだった。

    『これはボクがひどい病気にかかっているからなんだ』と、やがて彼は渋々認めた。『ボクは自分を苦しめ、責め、自分のしていることがわからないんだ…。昨日も、一昨日も、このところずっと自分を追いつめてばかりいた。身体がすっかり良くなったら…、そしたら自分を苦しめることもなくなるのだろう…。だがもし、このまま身体が良くならないとしたら…。ああ! これからいったいどうなるんだ!』彼はそのまま歩き続けた。何かで気を晴らしたくてしかたがなかった。いったいどうしたらいいのか、何から手をつけたらいいのか、さっぱり見当がつかなかった。どうにも抑えきれない感情。その感情がどんどん大きくなってくる。世の中すべてのものに向けられる嫌悪の感情。行き会う人のすべてが彼には醜悪なものに思われた。もし誰かが彼に話しかけでもしようものなら、相手かまわずいきなりつばを吐きかけるか、かみついてでもやりたい気持ちだった。


     ラスコーリニコフはふと足を止めた。いつの間にか、唯一の友人、ラズーミヒンの家のすぐ近くまで来ていた。無意識のうちにわざわざやって来たのか、それともただの偶然なのか、自分でもよくわからなかった。どっちでもいいや、行ってやろう、とラスコーリニコフは、ラズーミヒンの部屋を訪ねる。彼は、あまりにもみすぼらしい友の格好に驚く。椅子に腰掛けたラスコーニコフだが、明らかに様子がおかしい。病人のようだ。ラスコーリニコフは、家庭教師の口を紹介してくれないか、とまるでうわごとのようにようにブツブツ言う。自分の身体のことをしきりに心配するラズーミヒン。その態度に、なぜだか急にイライラを爆発させるラスコーリニコフ。帰ると言って立ち上がる友の剣幕に驚いたラズーミヒンは、ラスコーリニコフにドイツ語の論文を翻訳する仕事を世話してやる。前金で3ルーブル。その金をつかむとラスコーリニコフはそのままひと言も発せぬまま部屋を後にする。あっけにとられて見送るラズーミヒンを無視するように。
     しかし、通りに出て最初の曲がり角でくるりと振り返ると、ラスコーリニコフはそのままラズーミヒンの部屋に戻っていった。そしてドイツ語の論文とさっきの3ルーブルをいきなりテーブルの上に置くと、そのまままたひと言も口を聞かずにさっさと出て行ってしまった。
    「何をしに来たんだ、いったい!?」と怒鳴るラズーミヒンに、ラスコーリニコフは、「仕事なんかいらない!」と捨て台詞をはいて去っていく。

     往来に出たラスコーリニコフの足下はおぼつかない。あやうく馬車に轢かれそうになり、御者に思いっきり鞭打たれてしまう。「当たり屋が失敗しやがった」と周囲から嘲笑をあびても、ラスコーリニコフはその場をすぐには立ち去れなかった。橋の欄干にもたれかかって打たれた背中をさすっていると、小さな女の子を連れた婦人から20コペイカ銀貨を1枚握らされる。祈りの言葉とともに。その服装と様子から彼を乞食と間違えたのだ。20コペイカは乞食にやるには大金だが、鞭打たれたところを目撃して哀れに思ったのだろう。
     彼は20コペイカを握りしめてあたりを見まわした。川岸の美しい眺め。空は真っ青に晴れ渡り、川の向こう、宮殿のある方角に大寺院のドームが見える。寺院に施されたひとつひとつの装飾までがくっきりと見えていた。鞭の傷みはいつの間にか消えていた。それどころか鞭打たれたことさえ忘れていた。彼はそこにつっ立ったまま、長いことじっと遠くの方を見つめていた。そこは実は、彼にとってなじみの深い場所だった。まだ大学に通っていたころ、その帰り道にいつもここに立ち止まって、すばらしいパノラマに見入っていた。当時は、その美しさの裏にどうにも得体の知れぬ怪しさ、理解不能の陰気さを実は感じていたのだったが、そんなことを今、突然思い出すなんて…。とても偶然とは思えなかった。偶然ここに立ち止まるなんて。どこかこの下の、深い深いところに…、以前の印象や、記憶、過去の思想など、自分のありとあらゆるものが隠されているように思われた。なにげなく手を動かしたはずみに、20コペイカをしっかりと握りしめていることに気づく。彼はしばらくその銀貨を眺めていたが、やがて無造作にそれを水の中に投げ入れてしまった。家に向かって歩き始めるラスコーリニコフ。彼はその瞬間、自分をはさみか何かでプッツリと、あらゆる人、あらゆる物事から断ち切ってしまったような気がした。

     家に帰り着いたときにはもう夕方近くになっていた。まる6時間も歩き回っていたことになる。彼は、横になってコートを引っかぶったかと思うと、たちまち前後不覚に陥った…。
     あたりがすっかり暗くなったころ、ラスコーリニコフは恐ろしい叫び声を聞いてはっと目を覚ます。悲鳴、泣き声、ののしり合い、そして何かを殴りつける音。悲鳴とののしり合いはどんどんエスカレートしていく。よく聞くとそれはおかみさんの声だ。相手は…。相手は、あの副署長のペトローヴィチじゃないか。あいつがここへ来ておかみさんを殴りつけている! 人が集まってくる物音が聞こえる。階段や踊り場に人があふれているようだ。この騒ぎは、あの事件のせい以外には考えられない。彼は、なんとかドアに掛け金をかけようとするのだが、どうにも身体が動かない。氷のような恐怖が彼の心を押し包んでいる。やがて騒ぎはおさまっていくが、ペトローヴィチがおかみさんを問いつめ続ける声だけがいつまでも聞こえている。その話し声はときおり怒鳴り声になったかと思うと、こんどは囁き声になって…。
     ラスコーリニコフは、再びソファーの上に倒れこんだ。しかしそのまま目を閉じることができなかった。恐怖で金縛りにあったようにそのまま30分ほど横になっていた。とつぜん、部屋にまぶしいほどの光があふれる。ナスターシャが蝋燭を手に食事を持って入って来たのだ。彼が眠っていないのに気づくと、パンとスープを食べさせようとする。


    「どうせ昨日から何も食べてないんでしょう? 一日中ほっつき歩いてたんだからね。そんなボロボロの身体でさ…」
    「ナスターシャ、…。なんでおかみさんはやつに殴られたりしたんだ?」
     彼女はじっと彼の顔を見つめた。
    「誰がおかみさんを殴ったって?」
    「たった今…、いや30分ほど前か…、警察のペトローヴィチが階段のあたりでさ…。なんだってあいつはおかみさんをあんなに叩きのめしたんだい? というか、いったい何しにやって来たんだい?」
     ナスターシャは怪訝そうに、じっと長いこと彼を見つめたままでいた。あまり長く見つめるので、彼は非常に不快に、同時に恐怖も感じていた。
    「ナスターシャ、なんだって黙ってるんだい?」たまりかねて、彼は弱々しい声で尋ねた。
    「血のせいだわ…」彼女は小さな声で独り言のように答えた。
    「血…? いったい何の血だ!? …」彼はさっと青ざめて、壁の方に飛びすさりながら訊いた。ナスターシャはあいかわらず無言のまま彼の顔を見つめていた。
    「誰もおかみさんを殴ったりしないわよ」彼女は強い口調で言った。ラスコーリニコフは驚いて息をするのもやっとというありさまだった。
    「たしかに聞いた…。眠ってなんかいやしない…。ボクは起きて、ここに座って聞いていた」彼は怯えたように言った。「ボクはずっと聞いていた…。ペトローヴィチがやって来た…。みんなが階段のところに駆けつけた…。部屋という部屋からみんな…」
    「誰も来た人なんていないわよ。あんた、血が騒いでるのよ。血のめぐりがおかしくなってお腹の中で固まってくると、おかしなものが見えたり聞こえたりするようになるのよ…。ねえ、これ、食べるの? 食べないの?」

     彼は返事をしなかった。しばらくして水を頼むと、ひと口だけ飲んで後は胸の上にこぼしてしまい、そのまま意識を失った。

     熱病状態で彼は幻覚を見ていた。自分の周りに大勢が集まって、彼を捕まえてどこかへ連れて行こうとして言い争いをしている。そうかと思うと、こんどは自分を恐れて、みんながドアの外からこっちの様子を伺っている。あの事件のことはすっかり忘れているのだが、しかしその、何かを忘れているという恐怖感がひっきりなしに襲ってくる。飛び起きて逃げだそうとするのだが、そのたびに誰かに力ずくで引き戻される。そんな幻覚が何度も彼を襲っていた。その間、ナスターシャがときおり様子を見に来てくれていたのだけはなんとなく感じていた。

    ★7月14日

     朝の10時頃のことだった。目を覚ますと、部屋の中に見知らぬ男が立っていた。野良着のような上着を着た、あごひげの男。部屋の中にはナスターシャもいて、おかみさんがドアのところから覗いている。ラスコーリニコフが正気づいたのを知ると、おかみさんはすぐにドアを閉めて姿を隠してしまった。
    「あなたはどなたですか?」と聞くのと同時に、ラズーミヒンが入ってくる。背が高いのであやうくドア枠に頭をぶつけそうになっている。

    「やっと正気づいたって? たった今おかみさんから聞いたよ」
    「たった今正気づいたのよ」ナスターシャが言った。
    「たった今正気づかれました」と、微笑を浮かべてひげの男が相づちを打った。
    「あれ? そういうあなたはどなたです?」と、ラズーミヒンは急に男に向き直った。「ボクはヴラズーミヒンという者です。みんなはラズーミヒンと呼びますが、実はヴラズーミヒンが正しい名前です。大学生で、貴族の息子です。これはボクの友人です。さて、あなたはいったいどなたなんでしょう?」
    「わたしは商人の協同組合に勤めているものですが、今日はその使いでこちらへお伺いいたしました」
    「よかったらこちらの椅子にどうぞ」と勧めて、ラズーミヒンはテーブルの向こう側の別の椅子に腰掛けた。「それにしても、キミ、よくもまあ正気づいてくれたもんだなあ。これでもう4日もほとんど飲まず食わずだったんだぜ。お茶までスプーンで飲ませる始末だったんだからなあ。ボクはここへ二度もゾシーモフを引っぱって来たんだよ。ゾシーモフって覚えてるだろ? じっくりとキミを診察して、だいじょうぶだと太鼓判を押してくれてひと安心だったんだけどね。…なあにちょっと脳を傷めたような具合らしい。神経が少しこんがらかって、おまけに栄養失調で…、つまりビールとわさびが足りなかったんだそうだ。それであんなに悪くなったと言うんだが、しかしたいしたことはない、すぐに元気になるそうだよ。たいしたやつだよ、ゾシーモフは! 堂々たる治療ぶりを見せるようになったものさ。しかしまあ、あなたの用件の邪魔をするのはもうやめにしましょう」と、彼はまた男の方に向き直った。
     男はこの間、二度もこの部屋にやって来たらしい。母親からの依頼でヴァフルーシンという男が組合経由で送ってきた、35ルーブルの金を渡しに来たのであった。ラズーミヒンは、ラスコーリニコフを起こして受け取りにサインさせようとする。しかし、ラスコーリニコフは、「金なんかいらない!」と強い口調で拒否する。しかしラズーミヒンはいつもの軽口で彼を説得し、無理矢理金を受け取らせたのだった。

     ナスターシャが用意した、普段からすればリッチな食事を前に、ビールで彼らは祝杯をあげる。
     ラズーミヒンは、あの後、ラスコーリニコフを探して方々かけずり回ったらしい。ラスコーリニコフは、この部屋のことを一番の友にも教えてはいなかったのだ。最後に警察署でこの住所を教わったと言う。普通のリストとは別の何かのメモに自分の名前が書き記してあったと聞いて、ラスコーリニコフは血相を変える。ラズーミヒンがペラペラと話す間、警察署でフォミッチ署長やペトローヴィチやあのときの事務官・ザミョートフと親しく会話を交わしてきたことを自慢し続ける間、ラスコーリニコフはじっと押し黙っていた。ザミョートフとは特に親しくなったらしい。
     ラズーミヒンはさらに、ここのおかみさんとこの数日でいかに親しくなったかを自慢し始める。あれほどに優しい女性はいないよ、と。
     ラスコーリニコフは適当に相づちを打って話を続けさせる。考える時間がほしかったのだ。
     過去に消え去った、おかみさんの娘とラスコーリニコフとの結婚話。ラズーミヒンの調査能力は驚くべきものだ。おかみさんが当初はラスコーリニコフをたいそう気に入っていていたこと、いつの間にか大学にも行かなくなり、家庭教師の口もなくなり、着るものにさえ不自由するようになった彼にやがて失望し始めたことなどを彼女から聞き出していた。


    「当の娘さんが亡くなってしまって、キミを親類扱いする必要がないってことに急になって、彼女はどうしていいかわからなくなったらしいよ。キミはキミで、ひきこもったきりで、一向に以前のような関係に戻ろうとしなかったんだろ。だから彼女は、キミをここから追い出す気になってしまったのさ。彼女はその気持ちをずっと抱いていたわけだが、そのうち、よき関係だったころにキミが書いた例の借用書が気になりだした。貸したお金が惜しいってね。そんなときに、キミは、こんな金はいざとなれば母親に頼めば何でもない、みたいなことを言ったらしいじゃないか」
    「あのときは、何とか言い返したくてそう言っただけさ…。うちの母親だって乞食になりかねないようなことになってるし…。あれは、なんとかここに置いてもらってメシだけでも食わせてもらいたかったもんで、つい口から出ただけなんだ!」
    「うん、そこまではまあいいとしよう。ところがその後大問題が発生した。七等官で抜け目のない男、チェバーロフの登場だ。あの男さえいなければ、おかみさんはおそらく何も考えつかなかったに違いないよ。おくゆかしい女性だもんな。そこへいくとあの男はおくゆかしさのかけらもない。キミの借用書が有用な物かどうか、そこはずいぶん調べたらしいがね…。で、その結果、ひともうけできる可能性が十分あると考えた。自分の食うものを削ってもかわいい息子を救ってやりたいと思う、年金生活の母親はいるし、愛する兄のためなら自分は悪魔に魂を売ってもかまわないという妹もいるってのをかぎつけたわけだからね。…。おいおい、何を急にもぞもぞしだしたんだい? ボクはねえ、キミ、今じゃあキミのことならすっかり知っちまったんだぜ。キミがまだおかみさんと親戚づきあいをしてるころに、彼女にあれこれ話してたのが今ごろ役に立ったというわけさ。彼女だって、キミのことを思えばこそボクにそんなことを伝えたんだ。そこんところはよくわかってやらないといけないよ…。ところで、おかみさんにはそんなつもりはなかったにせよ、その男にとっては、これがまあいい話だったわけさ。抜け目なくそんな話を聞き出しては食い物にするそんな男にとってはね…。チャンスがあれば骨までしゃぶっちまおうというんだからね。そういうわけで、彼女は、男への支払いの代わりに一時的にキミの借用書を渡したわけさ。そのチェバーロフという男にね。ところが相手は一瞬のためらいもなく、正式の手続きでもってキミに請求してきたというわけさ」

     ラズーミヒンは、この数日間、友のために奔走し、借用書を取り戻してくれていた。だが、目の前に差し出された借用書を目にすると、ラスコーリニコフは、くるりと壁の方に背を向けてしまった。ラズーミヒンはさすがにむっとしたが、病気の友を気遣う気持ちから、余計なことをしてすまなかったと謝るのだった。
     背中を向けたまま、ラスコーリニコフはラズーミヒンの話を聞く。何かうわごとを口走っていたと聞いて、どんなうわごとを言っていたんだ? と、何度も聞き返す。
     ラズーミヒンはその様子を不審に思うが、ひととおり説明してやる。イヤリングがどうだの、鎖がどうだの、どっかの門番がどうしただの、フォミッチがどうしただの、そんなうわごとを言っていたと…。
    「ああ、そのほかにまだ、ご自分の靴下のことをことのほかたいそうに気にしてらっしゃいましたよ、あなた様はね! 哀れな声で、靴下を返せ、靴下を返せ、の一点張りさ。キミとお近づきになりたいってんでたまたま来てたザミョートフも一緒に探してくれたんだぜ。靴下を渡してやるとやっとキミはご安心あそばして、それからずっとそれを握りしめて眠っていたよ。布団の下かどこかにまだころがっているだろうよ。それから、ズボンの切れ端をねだってもいたかな。涙を流しかねない激しさでね。いったいそんなものどこにあるんだって何度も尋ねたんだが、さっぱり要領をえなくてね…」
     ひととおり説明し終えると、ラズーミヒンはナスターシャにその場を任せてどこかへ出かけて行った。階段の方から聞こえるラズーミヒンとおかみさんとの会話。ナスターシャはドアを少し開けて聴き耳をたてていたが、二人の話をもっとはっきり聞こうと部屋から出て行った。
     ドアがしまると同時に、ラスコーリニコフは布団をはねのけて飛び起きた。ずっと二人がいなくなる瞬間を待っていたのだ。すぐに仕事にとりかからないと! あいつらは本当にまだ気づいていないのか? それとも何もかもわかっていて自分をからかっているつもりなのか? こっちの様子を見ていて急に驚かしに出てくるつもりじゃないのか? …。あれ? 何をしようとしていたんだろう? 急にふっと忘れてしまった。ついさっきまでしようとしていたこと…。
     彼は部屋の真ん中に突っ立って、あたりを見廻した。ドアを開けて聴き耳をたてる。不意に、例の壁の穴に駆けよると、そこに手をつっこんだ。次にストーブに近寄り、フタを開けて灰の中をかき回し始めた。そこにはズボンの切れ端がそのまま残っていた。どうやら誰も調べてみなかったらしい。そこで急に靴下のことを思い出したが、あんなものは汚れきっていて血の痕跡に気づくようなことはなかっただろう、と自分を納得させた。
     急にひとつ思い出した。ラズーミヒンが警察のことを何か言っていたことが気になっていたのだった。そうだ、逃げないと。金はある。借用書も戻ってきた。あいつらがこっちを病気だと思っているうちに逃げ出さないと。ボクが逃げ出せるってことをあいつらは考えもしないはずだ。だが、もし下に見張りがいたらどうする…?
     ラスコーリニコフはテーブルの上に起きっぱなしになっていたビールに手を伸ばすと、一気に飲みほした。胸の中に湧き上がる炎を消そうとでもするように。しかしアルコールは今のラスコーリニコフには効きすぎた。頭がくらくらしてくる。悪寒が逆に気持ちよく感じる。結局そのまま横になると、布団を引っかぶって心地よい眠りの中に落ちていった。

     物音で目を覚ますと、部屋には大きな包みを抱えたラズーミヒンがいた。すでに夕方になっている。ラズーミヒンはいきなり近所に引っ越してきていて、伯父と一緒に住むのだと言う。包みの中身はラスコーリニコフのための衣服だった。古着屋で格安で、服が傷めば別のに交換してもらえる条件で手に入れてきたらしい。帽子、ズボン、ズボンと揃いのチョッキ、靴、シャツが3枚、肌着一式…。しめて9ルーブル55コペイカ。25ルーブルと45コペイカ残してやったぞ、と押しつけがましく自慢するラズーミヒンに、ラスコーリニコフは嫌悪感を顕わにする。が、相手は気にもせず、ナスターシャと2人で無理矢理シャツを着替えさせてしまうのだった。
    「いったいどこでそんな金を手に入れたんだ?」と不思議そうに聞くラスコーリニコフ。彼は、先だってのことを記憶していなかったのだ。金の出どこの説明を聞いて、ラスコーリニコフはいまいましげな表情を浮かべる。ラズーミヒンはそんな友の様子を心配そうに見つめていた。そこへゾシーモフが入って来た。

     ゾシーモフは脂肪太りの大男で、髪はブロンド、いつも青白い顔をしている。身につけている物はすべて高級品でしかも品がある。妙に気取ったところがあってどことなく付き合いにくい感じのする男だった。病人の様子を尋ねると彼は、ラスコーリニコフの手を取った。
    「脈は申し分なし、と。頭はまだ痛みますか?」
    「ボクは健康だ! まったくの健康体さ!」と、苛立ちをぶつけるラスコーリニコフ。ゾシーモフはその様子を冷静に観察すると、ラズーミヒンたちに、もうだいじょうぶだと告げる。ただし、しばらくは安静にさせて、スープでも飲ませてやれ、と。帰ろうとするゾシーモフを、ラズーミヒンは自分の引っ越しパーティに誘う。一緒に住む伯父や新しい仲間に紹介するからと。


    「なぁに、田舎の郵便局長でくすぶっていた、65歳になる爺さんでね。特に取り柄があるような人じゃないけど、でも、とにかくボクは彼が大好きなのさ。あと、ポルフィーリも来るぜ。予審判事の。たしかキミも知り合いだったろう」
    「やつもキミの親戚か何かだっけ?」
    「ごく遠い何かさ。おいおい、そんなに顔をしかめなくてもいいだろう。一度ケンカしたからって。まさかそんなことで来ないとは言わないよな」
    「あんなやつ、何とも思っちゃいないさ」
    「そりゃあ何よりだ。あとは、大学生と、教師と、役人と、音楽家と、将校と、ザミョートフと…」
    「ちょっと待った。ひとつ聞かせてほしいんだが、キミにしろ、あるいはまたこちらの先生にしてもだね、あのザミョートフとかいうのとどういう関係があるんだい?」
    「まったくキミというやつは! ボクがいいやつだと言うんだから間違いないだろう! ザミョートフは申し分のない立派な男さ」
    「立派に私腹を肥やしてる…」
    「私腹を肥やしてるからどうだって言うんだ! 別にそれをほめたたえているわけじゃない。あの男はあの男なりにいいやつだと言っただけじゃないか! じゃあ言ってやろう、人間をあらゆる角度からチェックしたとして、どこにも非の打ちどころがない立派な人間なんて実際この世にいるのかい? そんなことになったらボクなんかせいぜい焼いた玉ねぎひとつくらいの値打ちしかありゃあしないだろうよ。それもオマケとしてキミを付けてのことかもしれないぜ」
    「そいつは少ないね。ボクならキミに、玉ねぎふたつくらいの値打ちはつけるけどな…」
    「おー、そうかい。ボクはキミにはひとつしか出せないね。ザミョートフはお子ちゃまなだけさ。だから突き放すんじゃなく、引っぱり回して育ててやるくらいの気持ちが必要なのさ。キミたちのような進歩的な人間には理解しがたいことかもしれないがね。他人は尊敬しない、自分さえも侮辱するというわけだろ。まあでも、どうしても彼との関係について聞きたいと言うならば、こうさ。ラスコーリニコフとザミョートフとの間には、共通の事件がひとつ存在しているんだ」
    「ほう、ちょっと興味をそそられるね」
    「ほら、例の、ペンキ屋の事件さ。…。そうさ、ボクらは必ずあの男を助けてみせる! やっかいな点は何ひとつないんだから。無実なのは明白さ」
    「ペンキ屋?」
    「あれ? 話さなかったっけ? ああそうか、さわりを少し話しただけで終わってたんだ。ほら、例の、金貸し婆さんの殺人事件さ。役人の未亡人だったっていう…。その事件に、ペンキ屋の男がまきこまれてるというわけなのさ」
    「ああ、あの殺人事件のことなら、キミに話を聞く前から気にはなってたんだ。かなりね。…と言うのにはわけがあるんだよ。ところでその…」
    「リザヴィエータまで殺されたのよ!」ラスコーリニコフに向かって、突然ナスターシャが声をかけた。彼女はさきほどからずっと部屋を出ないで、ドアの近くで話を聞いていたのだ。
    「リザヴィエータ…?」やっと聞こえるような声でラスコーリニコフはつぶやいた。
    「そうよ、リザヴィエータよ。古着屋の…。知ってるでしょ。あの人はおかみさんのところにも出入りしてたから。あんたのシャツをつくろってくれたこともあるじゃない」
     ラスコーリニコフはくるりと壁の方に向き、壁紙の模様を見つめると、花柄の花びらを数えたり、ギザギザの線をたどったり、といったことに没頭した。まるで麻痺したように身動きひとつできずに、花を凝視していた。
    「それでそのペンキ屋がなんだと言うんだい?」ナスターシャの話の腰を思いきり折って、ゾシーモフが話を元に戻す。
    「殺人犯にされてしまったのさ!」ラズーミヒンは怒りをこめて答えた。
    「何か証拠でもあったわけかい?」
    「証拠なんていいかげんなものさ! ぜんぜん証拠になってやしない。間違ってるってことは誰の目にも明白なんだ。最初に、第一発見者の二人を疑ったのとおんなじさ」
     ラズーミヒンは、思い出したようにラスコーリニコフに尋ねる。「キミもこの事件のことは知ってるだろ? 病気になる前の事件だもんな。キミが警察で気を失う前日の…。あのとき、警察でみんながその話をしてただろう?」
     ゾシーモフがちらりとラスコーリニコフの方を見る。でも、彼は身じろぎもしなかった。
    「しかし、なんだねぇ、ラズーミヒン。キミもなんともおせっかいな男だねえ」
    「なんとでも言ってくれ! ボクは誰が何と言おうとあのペンキ屋を助けてみせるぞ」
     ますます興奮したラズーミヒンは、テーブルをバンッと叩いて続ける。「さて、ここでいちばん癪にさわるのは何だと思う? 彼らが間違っていることにじゃない。自分たちの間違いをあがめたてまつっていることにさ。ボクはポルフィーリを尊敬してるさ。しかしだねぇ…。彼らが一番気にしてるのは何だと思う? 最初ドアには鍵がかかっていた。ところが二人が門番を連れて戻ったときには、ドアは開いていた。だから、殺したのは、第一発見者の二人…、これが彼らの論理なんだから!」
    「おいおい、ちょっと興奮しすぎじゃないか? あの二人はちょっと留置されただけの話だったろ。すぐ放免というわけにもいかないだろうし。あのコッホという男なら会ったことがあるが、やつはあの婆さんから質流れの品を買い占めてたそうじゃないか。だろ?」
    「ああ、そういったインチキ野郎さ! たいした商売人さ! あんなやつのことはどうだっていい! ボクは警察の連中の、十年一日のごとき時代遅れぶりに怒ってるんだよ。犯人の心理を少し考えてみればわかることなのに、やつらは、事実、事実ばっかりで、その事実をいかに処理するかという頭がないんだ!」
    「なるほど、じゃあ、キミにはその頭があるというわけだ」
    「そうとも。ボクなら解決に助力できるのがわかっているのに、黙って見ているわけにはいかないだろ? もしも…。う〜ん、ところでキミの方はこの事件について詳しく知っているのかい?」
    「いやいや、だからさっきからペンキ屋の話を待っているんじゃないか」
    「ああ、そうだったな! それじゃあそこを説明するとしよう。事件から3日目の朝のことだ。警察がまだコッホたちを相手にごそごそやっているときさ。例の建物の向かいにある酒場の亭主、ドゥーシキンとかいう百姓出身の男が、警察に出頭して、金の耳輪の入った袋を差し出したんだ。その前日の夜8時すぎにペンキ屋のミコールカが駆け込んできて、それをかたに2ルーブル貸してくれと言ったという話でね。わかるだろ、この日時の意味が。で、亭主がその出所を尋ねると、歩道で拾ったと説明したと言うんだな。で、亭主の方では1ルーブル渡して品物をまきあげたわけさ。この亭主のことはよく知ってるが、質屋まがいのことをやってて盗品でも何でもおかまいなしのくせしてね。要はびびったんだな。ミコールカが向かいで仕事してたのは亭主も知っていて、婆さんたちが斧で殺されたってのを聞いて、ピーンときたって言うんだ。で、そのあと自分の店に飲みにやって来たミコールカに、品物のことをそれとなく訊きながら、婆さんの事件のことをぶつけてみたら、真っ青になって慌てて逃げだしたらしい」
    「それなら、そいつが犯人で決まりじゃないか!」
    「まあまあ、話は最後まで聞いておくれよ。で、警察は全力でミコールカを捕まえにかかった。ドゥーシキンは拘留して家宅捜索、一緒に働いてたもうひとりのペンキ職人も取り調べた。…。一昨日、そのミコールカがひょんなことから逮捕された。××門の近くの旅館でね。やつはその旅館で、身につけてた銀の十字架を差し出して、そいつをかたに飲ませてくれと頼んだ。しばらくして旅館のかみさんが見に行くと、やつは納屋で首を吊ろうとしてたっていうんだな。かみさんが大声をあげて騒いだもんで、周りの連中が駆けつけてミコールカを止めた。すると、やつは、やったことを全て白状するから警察に連れて行ってくれと頼んだ。警察に突き出されてからは、お決まりの尋問さ。名前だとか、年齢だとか、職業だとか、そしてアリバイさ。ミコールカは、尋問にはきわめて素直に応じたが、品物を手に入れたいきさつについては道で拾ったと言い張った。しかし少し締め上げられると、実は作業をしてた部屋で拾ったんだと供述を変えちまった。事件のあったとき、相棒のミーティカがふざけて顔にペンキを塗りつけて逃げ出したので、後を追って部屋を出た。門のあたりで道に転がってのとっくみあいになり、通行人のじゃまになったもんで門番にたしなめられもした。ミーティカはそのままどこかへ逃げてしまい、しかたなく部屋に戻ったミコールカは、ドアかげの壁のすみで紙にくるまれたものを見つけた。開けてみるとそれは留め金のついた入れ物で、中にはイヤリングが入っていた…」
    「ドアのかげ? ドアのかげに落ちていたんだな? ドアのかげに…」不意にラスコーリニコフがすっとんきょうな声を上げた。そして片手で体を支えるようにしながらゆっくりと起き上がった。ラズーミヒンを凝視している。
    「おいおい、どうした。それがどうしたってんだ?」
    「…。なんでもないさ」消え入りそうな声で答えると、ラスコーリニコフはまた枕の上に倒れこんで壁のほうを向いてしまった。一同はしばらく黙り込んだ。
    「きっと、ねぼけたんだろう」ゾシーモフに質問するかのようにラズーミヒンがつぶやくと、ゾシーモフは否定するかのようにかぶりをふった。「まあいいさ、その先を続けてくれ。それからどうなったんだ?」
    「それからも何もあるもんか。イヤリングを手にするが早いか、ミコールカは、仕事のことも相棒のことも忘れてしまって、ドゥーシキンのところに一目散というわけさ。道で拾ったと嘘をついて金を受け取ると、その足で遊びに出かけちまった。イヤリングについての供述は変わりはしたが、殺人については認めていない。逃走した理由を聞かれても、犯人と間違えられるのが怖かった、と繰り返すばかり。これが物語の一部始終さ。さあそこでだ、警察の連中はここからどんな結論を引き出したと思う?」
    「考える余地ないじゃないか。疑わしいところはあると思うね。キミのペンキ屋を無罪放免に、というわけにはいかないんじゃないか?」
    「でもやつらは最初からから決めつけてるんだよ。あの男が犯人だとね。疑う余地もないというわけさ」
    「おいおい、キミの方が決めつけてやしないか? イヤリングはどうなんだ? 同じ日、同じ時刻に、被害者のトランクにあったイヤリングがミコールカの手に渡ったとすれば…。なにかしら手に入れるだけの理由があったってことだろ? これはとるに足りない事実とは言えないよ」
    「どうやって手に入れた? どうやって手に入れただと!?」ラズーミヒンの声は次第に大きくなってくる。「キミは医者じゃないか。何よりもまず人間というものを研究する義務を持った男じゃないか。人間の性質を研究する機会を持っている男じゃないか。そのキミが、これだけの材料を前に、まだミコールカの性質がわからないのかい? あの男の証言がすべて事実だってことが? あの男はただ箱を踏んづけてそれを拾い上げただけさ」
    「しかしさっきの話だと、彼だって認めたんだろ? 最初は嘘をついてたって」
    「まあ聞いてよ。門番も、コッホも、ペストリャーコフも、もうひとりの門番も、それから最初の門番の女房も、そこに来合わせてたまたま門番小屋に座っていた女性も、辻馬車からちょうど下り立って夫人に手を貸して門をくぐろうとしていた七等官のクリュコーフも…、みんながみんな、路上でミコールカとミーティカが殴り合っていたのを見たと証言してるんだぜ。通行の邪魔になるもんだから大勢から悪態を浴びていたって…。ところが二人は、これは証人の言葉をそのまま借りると『まるで小さな子どもみたい』だったそうだ。なぐりあってる間にも、上になり下になりしながらじゃれ合うように笑ったり、変顔を見せ合って喜んだり、ね。そのとき階上には死体があってそれはまだ温かかったんだぜ、いいかい。発見されたときにはまだぬくもりがあったんだ!」





    ラズーミヒンは、ついさっき人を殺して金品強奪したような男が無邪気に取っ組み合いなんかできるはずがない、と主張する。男の行動からは、殺人における凶悪さも細心の注意も何も感じられないと。しかし、よしんば警察が以上のことを認めたとしても、ミコールカがいったん自殺しようとした一点でもって彼を有罪と断じるはずだ、と興奮する。
     コッホたちが来たとき犯人はまだ部屋の中にいたのに、コッホがへまをやったおかげで逃げだした。その途中の空き部屋に身を隠し、コッホたちをやり過ごして下に下りると、外ではたまたまミコールカたちが大騒ぎをやらかしていた。おかげで犯人は特に人目につくこともなく逃げおおせた。彼はイヤリングの包みを落としたことに気がつかなかった。逃げることに必死でそれどころじゃなかったから。だから、そのイヤリングが部屋に落ちていたことこそ、犯人がそこにいたことの証明になる。手品の種はそこにある! と推理を展開するラズーミヒンに、ゾシーモフは感嘆する。つじつまが合いすぎていてまるで芝居の筋書きのようだ、と。そこへまた新顔が登場する。

    入って来たのは、妙に気取って尊大ぶった紳士。ゆっくり部屋を見廻すと、いやな場所へ来てしまったという後悔を露骨に表情に表した。ひどい侮辱を受けたとでもいうような…。そして、見知らぬ男の登場を驚きの表情で迎えている、病気でやつれたラスコーリニコフを観察する。次には無精ひげだらけでボサボサ頭のラズーミヒンを見下ろす。失礼にも自分に椅子を勧めもせず、座ったままで無遠慮に見つめ返してくるその男を。暫く考えた後、男は一番まもともそうなゾシーモフにいくらか柔らかな態度で話しかけた。「ロディオン・ロマーヌィチ・ラスコーリニコフさんはおいででしょうかな?」
     男はルージンと名乗ったが、このときのラスコーリニコフには耳にした覚えのない名前だった。母親からの手紙の話を持ち出されて、ラスコーリニコフは不意に思い出す。「あなたですか、あの婚約者とかいうのは? なら、用はない。帰ってくれ」
     ルージンはあまりのことに怒りを隠せず押し黙った。なぜそんな言われようをするのか納得いくはずがなかった。
     ラスコーリニコフの方は、急に落ち着いた気分になり、相手を精密に観察していた。ルージンは、妹にもてたい一心で必死に若づくりをした様子が伺える。実際とても45歳には見えない。髪もヒゲもカッコ良く整えられ、とても美しい立派な容貌をしているように思えた。しかしそれにもかかわらずどこかしら不愉快な印象を受けるということは、要は彼の内面の何かがにじみ出ているのだろう。ルージンを無遠慮に眺め終わると、ラスコーリニコフはニヤリと笑ったかと思うと再び横になり、天井を眺め始めた。
     ルージンはじっとこらえていた。こうした奇怪な態度は無視するにかぎると決めたらしい。事務的に病気のお見舞いを述べると、母親と妹の宿の手配を済ませたことなどを話した。自分の住まいも含め、友人のレベジャートニコフが手配してくれたのだと説明する。
    「レベジャートニコフ?」記憶の糸でもたぐるようにラスコーリニコフがゆっくりと復唱する。
    「ええ、国の役所に勤めている…。ご存じですか?」
     それはまさに例のマルメラードフの奥さんをなぐりつけたという男のことだった。ルージンは、レベジャートニコフの青年時代には後見人をしていた仲だという。自分は新しい有益な思想に興味があるので、若い青年と仲良く付き合うように努めてきた、最近の若い世代は批判精神や実行能力に溢れている、などと調子よく話すのだったが、ラズーミヒンは彼を否定する。ラスコーリニコフも「どこかで丸暗記してきたような浅い知識をひけらかしやがって…」とバカにする。しかしゾシーモフだけは、その場を丸く収めようとルージンに話を続けさせる。
    「『隣人を愛せよ』をもし実際にやったらどうなるでしょう?」ルージンは言う。誰かを救うために自分のものを分け与える考えでは、「二兎を追う者は一兎をも得ず」で両方ダメになる。自分一人だけ愛することを皆がやれば、自然と社会の基礎は堅固になる。結果的に福祉も整備され、困っていた隣人も多少はマシな暮らしができるようになる。隣人を救うというこれまでの古い考えを捨てれば、社会全体が進歩できるのだ、と。
     ラズーミヒンは再び彼を否定する。バカの一つ覚えのような月並みな話は学生仲間から死ぬほど聞かされ続けてきて、聞いてる自分が恥ずかしくなってくる、と。自分の利益のために手当たり次第に無茶をやった連中のせいで社会がぶちこわしになったんだろう、と辛辣に批判する。
     少し言い返したところで、ルージンは大人ぶって言葉を呑み込む。彼は、ラスコーリニコフに再び病気の見舞いを言って立ち去ろうとした。ラスコーリニコフは頭さえ振り向けようとしない。そのとき、突然、ゾシーモフがさっきの話をむしかえした。
    「質を預けたやつの中に犯人がいるに決まってるよ」
    「たしかにそうさ!」ラズーミヒンが相づちを打つ。「予審判事をしてるポルフィーリを見てると、質入れ主を調べてるようだぜ」
    「質入れ主を調べてる?」ラスコーリニコフがまた素っ頓狂な声を上げた。
    「そうさ、それがどうかしたのかい?」
    「…」
    「どうやって探し出すつもりなんだろう?」ゾシーモフが尋ねた。
    「コッホが教えたのもあるし、包みに名前が書かれてたのもあったってさ。自分の方から出頭したのもいるしね…」
    「いずれにしても、そんなことばっかりやってる悪党のしわざだろう。大胆な手口だし」
    「ところがそうでもないらしいんだな。たしかに一見巧妙に見える。でも、ボクに言わせれば、これは初めてのやつのしわざに違いない。抜け目のない悪党がやったにしては、おかしな点が多いんだ。せいぜい20ルーブルほどの品物でポケットをいっぱいにして逃げ出したらしいが、タンスの中には現金だけでも1500ルーブルもの大金があったって言うだろ。つまりまともに盗むこともできないで、人殺しだけやってのけてる。何かできっと泡を食ったんだ。はじめての仕事だったんだよ、たぶん。計画的なもんじゃなく、うまく逃げられたのは偶然が重なっただけのことさ」
    「どうやら、つい最近あった老婆殺しのお話のようですな」まるでゾシーモフにだけ質問するようにルージンが口をはさんだ。彼は立ち去る気満々だったが、最後に何か気の利いたことを言いたかったらしい。
    「わたしに興味があるのは、事件の意味することです。最近5年間に下層社会で犯罪が一気に増加したことについては今さら言うつもりもありませんが、わたしが言いたいのは、最近では上流社会においても犯罪が増加しているということです。元大学生が郵便馬車を襲ったり、社会的地位のある人間が偽札に手を染めたり。ですから、あの老婆を殺害したのがもし上流社会の人間だとしたら…。だって百姓は金製品なんか持つわかにいかないでしょう。この国の文化人全体の道徳の低下ぶりときたら…」

     放っておけばいいのに再びラズーミヒンが絡みだす。二人が言い合う中、ラスコーリニコフがふいに口をはさむ。怒りに声が震えていた。
    「あなたがこんなふうに言ったというのは本当ですか? 貧乏人から妻を選ぶ方が都合がいい。結婚してからも権力がふるえるし。それにお前は俺に恩を感じなけりゃあならない身だぞ、と非難することもできるからだって言ったっていうのは?」
    「なんということを!」ルージンはどぎまぎしながら、言い返した。「そんなのは曲解もはなはだしい! 失礼だが、そんなことを言われてはわたしも言い返さないわけにはいかないですな。そのウワサには何の根拠もありませんよ。それはおそらく誰か…要するにその…あなたの母上の…。たしかにあの方は、実に立派な方には違いないが、どうもその…興奮しやすいところがおありのように思える。しかしそれにしても…そこまでひどい言われようは…。こんなことではとても…」
    「いいか…」突き刺すような眼で相手の顔を見ながらラスコーリニコフは念をおした。「いいか…?」
    「何でしょう?」ルージンは口をつぐんでむっとした顔を向けた。
    「もしもきさまがもう一度…、ほんのひと言でもボクのおふくろのことを口にしてみろ…。そこの階段から真っ逆さまに突き落としてくれるぞ!」
    「おい、どうしたんだ?」ラズーミヒンが止めに入る。
    「ははぁ、なるほど! わたしはここに足を踏み入れた瞬間からキミの敵意には気づいていたんだ。しかし、病人でもありやがては親族になる人間のことだから、たいていのことなら大目に見るつもりでしたがね、しかしこうなっては、もう絶対に…」
    「ボクは病気なんかじゃないぞ!」
    「それならなおさらのことだ…」
    「とっとと出てうせろ!」
     ルージンはそのままさっさと出て行った。
    「いいのかいあんなことをして…」ラズーミヒンが当惑顔で声をかけたが、ラスコーリニコフは友にも悪態をつくのだった。
    「もう誰もボクにかまわないでくれ! いったいいつになったらボクを解放してくれるんだ、悪人ども! ボクはキミらなんかこわくないぞ! もう誰もこわいもんか! ひとりになりたいんだ! ひとりに、ひとりっきりに!」

    ゾシーモフにうながされても、ラズーミヒンは部屋に残ると言い張った。だが、それでもやがては出て行った。これ以上刺激するのはよくないと思ったからだ。脳炎にでもなってしまっては…。それにしても、他の話には何の興味も示さないのに、どうしてあの話にだけ…。警察であの話の途中で倒れたというし、よほどショックを受けたんだな。
     ナスターシャは最後まで部屋に残っていったが、いらいらを隠そうともしない部屋の主に何をしてやることもできず、やがてそっと出て行った。

     彼女が出て行くが早いか、ラスコーリニコフはすばやくドアの掛け金をかけた。そしてさっきの服を身につけはじめた。ここのところずっと苦しめられてきた幻覚も恐怖感も消えていた。心には平穏。身体はまだ弱っているが、この上なく強い精神の緊張が彼に自信を与えていた。彼はテーブルの上にのったままの金を小銭も全部ポケットにしまいこむと、忍び足で階段を下り、ナスターシャにも気づかれることなく出かけて行った。あの状態で出かけるとは誰も想像もしないだろう。
     時刻は既に8時頃で、太陽は低くなっていた。どこへ行こうとしているのか自分でもよくわからなかったが、『今日こそひと思いに、今すぐ片付けてしまわなければ』という妙な気分だけが彼を動かしていた。といって、彼には、どう片付けるのかということについては何の考えも浮かんではいなかった。
     長い間の習慣どおり、いつもの散歩ルートを通ってセンナヤ広場へと向かう。小さな店の前で風琴弾きがセンチメンタルな曲を演奏している。その横にはお人形さんのような服を着た、それもくたびれきった服を着た少女。彼らは店からもらえる2コペイカのために客寄せの歌を歌っているのだ。ひびわれた、でもはりのある気持ちのいい声。しばらく耳を傾けていたラスコーリニコフは、やがて5コペイカの銅貨を取り出すと少女の手に握らせた。すると彼女は歌のサビのいいところだったのに、突然歌うのをやめて「もう充分よ!」と風琴弾きに声をかけ、次の店へと移って行った。
     ラスコーリニコフはそんなことを気にかけもせず、隣に立っていた男に話しかけたが、相手はけげんそうにたいして言葉もかわさず逃げるように行ってしまった。ラスコーリニコフはそのまままっすぐに歩いて、あのときリザヴィエータと話していた夫婦が店を出していた広場の一角にたどり着いた。だが二人の姿は見えなかった。そこにいた男に夫婦のことを尋ねてみるが、店を出していた夫婦というだけでは心当たりも何もあるはずがない。
     ラスコーリニコフは、百姓風の人でごったがえしている一角へと広場を横切っていく。彼はいちいち彼らの顔をのぞき込んでいく。そのひとりひとりと何かしら言葉をかわしたくて仕方がなかった。だが、百姓たちは彼には見向きもせず、仲間同士でがやがやと盛り上がっているばかり。ラスコーリニコフはそのあたりにしばらく立ち止まっていたが、やがて右に折れてV通りの方へと歩き出した。
     以前にもよく通った、サドーヴァヤ街へ通じる横町。ことに最近は、むかむかした気分をさらにむかむかさせるためにわざとこの辺を歩き回ったものだ。そこには、普段なら入る気にもならないような酒場や風俗店がひしめいている。どんちゃん騒ぎのにぎやかな音。店の裏口あたりに溜まって油を売っている女たち。たばこを口にくわえた酔っぱらいの兵隊。言い争う二人のルンペン。死人のように道に転がっている男。地下にある店のひとつから歌声が聞こえてくる。
    「♪あなたはわたしのすてきなお方、やたらにわたしを叩いちゃだめよ」
     ラスコーリニコフはその歌の先が聴きたくてたまらなくなった。まるでそこにすべての鍵が隠されているかのように。
    「寄ってらっしゃいよ、お兄さん」店の女に声をかけられ、彼は店の方へと進む。たまにはへべれけになるまで飲んでやろうか、急激にそんな気分になっていた。まだ年も若く、そんなにすれた感じもしない女。「あんた、たいしたべっぴんだね!」慣れたふうを装って女に近寄っていく。しかし店に入りかけたそのとき、たまたま来合わせた百姓から横やりを入れられ、急にその気分はしぼんでしまった。店から離れようとするラスコーリニコフにさっきの女が声をかける。
    「お兄さんとならあたしいつでも喜んで遊んであげるわよ。ねえ、やさしいお兄さん、ちょっと一杯やる分だけ、6コペイカあたしにくれない?」
     ラスコーリニコフはいいかげんに金をつかみだした。5コペイカ玉が3枚。それをそのまま女に渡してやる。「キミ、名前は?」
    「ドゥクリーダよ」
     そこへ、見ていた別の女が割って入る。
    「そんなねだり方をするんじゃないよ! そんな恥知らずなやり方、聞いたこともありゃしない」
     ラスコーリニコフはその女の顔をまじまじと見つめた。女はその間、落ち着いたまじめな口調でドゥクリーダを責め続けた。
     女たちを残して、ラスコーリニコフは別のことを考えながら歩を進めた。『何かで読んだんだがなあ…。死刑の宣告を受けた男がいよいよ処刑という1時間前に言ったって言葉。…。どこかの山のてっぺんの岩の上に、二本の足をやっと置けるだけの狭い場所で、永遠の暗闇や孤独に耐えながら生きなければならなくなったとしても、それでも今すぐ死ぬよりは、そうしてでも生きている方がまし。たとえどんな生き方であっても、ただ生きていられさえすればいい。…。まったくなんという真実だろう。その男をバカにするやつがもしいたら、そいつこそ一番の愚か者さ』

    気がつくと水晶宮のところに来ていた。『そういえばさっき、ラズーミヒンが水晶宮がどうとか言ってたな。ゾシーモフはたしか、新聞で読んだと言ってた。そうだ、新聞を読まないと』
     小ぎれいな酒場に入ると、ラスコーリニコフは新聞はあるかと尋ねた。向こうの方のテーブルにザミョートフがいたような気がしたが、まるで気にならなかった。五日分ほどの新聞を持って来てもらってさっそく目を通す。火事の記事が多い。彼は、求めていたものを見つけるとむさぼり読んだ。次の日の新聞で続報を探す。新聞をめくる彼の手はふるえていた。突然、彼のテーブルに腰を下ろした者があった。やはりザミョートフだ。あの警察署の事務官。指輪をいくつもはめ、ポマードで波うつ髪をきれいに分けている。いかにも愉快そうに、人の好さそうな微少を浮かべている。顔がほんのり赤い。
    「あなたは相変わらず意識不明だって、昨日ラズーミヒンに聞いたばかりですがね。不思議なこともあるもんです。実はあなたのところへ何度か伺ったんですよ…」
     ラスコーリニコフは、彼が必ずそばにやって来ると思っていた。
    「聞きましたよ、ボクの靴下を探してくれたそうじゃないですか。ラズーミヒンとずいぶん仲がよくなられたそうですね。いろいろ聞きましたよ。警察署で一緒になったあの女性の店にも連れだって出かけたそうじゃないですか」
    「困ったやつだな、あいつは…」
    「けっこうなご身分ですね。あんなところにも顔パスだなんて、おぼっちゃん」と、ラスコーリニコフはザミョートフの肩をポーンと叩いて言った。「彼は軽い気持ちで話してくれただけですよ。ほら、仲がよすぎるのでふざけ半分に、という感じで。例の、あの職人がミーティカをふざけてなぐったときのようにね。あの老婆殺しの容疑者とされてる…」
    「どうしてあなたはそれをご存じなので?」
    「ボクはなんだってよく知ってますよ。あなたが思っている以上にね」
    「どうもなんだか、今日のあなたは少し変ですね…。まだ体調がお悪いのでしょう? 外出なんてなさらない方がよかったんじゃあ…」
    「そんなに変に見えますか?」
    「見えますとも。ところで何のニュースを読んでらしたのです? 最近火事のニュースが多いようですが」
    「火事ねえ…」ザミョートフの顔に不気味な視線を浴びせると、ラスコーリニコフの口元は冷ややかな笑いでゆがんだ。「いいんですよ、白状してしまいなさいよ、おぼっちゃん。あなたはボクが何を読んでいたか、それが知りたくてたまらないんでしょう」

     あまりにも挑発的な物言いに、ザミョートフはあきれはてる。熱のせいだろうと相手をかばう気遣いをみせるが、ラスコーリニコフはその態度をあらためない。
    「じゃあ、供述するから書き取ってください。ええっと、そうこれこれ、探していたのはこの記事なんだ。例の老婆殺しの一件なんですよ」と、ラスコーリニコフは、顔をザミョートフの顔に近づけて囁くように告げた。ザミョートフの方は、身動きもせずじっと相手の顔を見つめていた。沈黙が1分以上も続いただろうか。ザミョートフがたまらず言った。
    「それがどうしたって言うんです! わたしの知ったことじゃありませんよ!」
     ザミョートフの言葉を無視するようにラスコーリニコフは続ける。
    「ほら、あの婆さんですよ。警察でその話が出たとき、ほら、覚えているでしょう? ボクが気を失って倒れたあの…。ほら、これでわかったでしょ?」
    「いったい何が言いたいんですか、あなたは? わたしが何をわかったって言うんです?」
     それまで無表情だったラスコーリニコフの顔は、一瞬のうちにがらりと変わった。そして、神経がおかしくなったかと思うような高い笑い声をあげた。この一瞬、ラスコーリニコフの脳裏には、あの、斧を振り下ろした瞬間のことがよみがえっていた。ドアの向こうにいる二人を、舌をペロリと出して笑ってやりたくなったあのときのことを。
    「あなたは気が狂っているか、そうでなければ…」ザミョートフは言いかけて口をつぐんだ。思いがけなくちらりと頭に浮かんだ考えに大きな衝撃を受けていた。
    「それでなければ何なんです? さあ、言ってみたらどうですか?」
    「なんでもありませんよ! そんなのばかげている!」

     その後は二人ともしばらく黙り込んでしまった。その場をなごませようとしてか、ザミョートフが、最近話題になっている他の事件の話を持ち出したりしたが、ラスコーリニコフは懲りもせず、挑発的に事件の論評をしてみせる。自分ならこんなふうに完全犯罪にしてみせる、と。ザミョートフが、どうせ犯人は金遣いが荒くなってすぐにつかまる、と老婆殺しを例にとって話せば、またその論評をし始めるのだった。
    「ボクならこんなふうにやるでしょうね。金と品物をとって、そこを出たらすぐに、どこかひっそりした、塀があるだけの野菜畑か何かそういった場所へ行くでしょうね。前もって20キロくらいの適当な石を見つけておくんです。塀のあたりに転がってるようなやつをね。石を持ち上げればその下にはきっとくぼみができてる。そこに金も品物も全部隠してしまう。そして元通りに石を戻して、知らん顔して行ってしまう。そして、2年か3年か放っておくんですよ。さあ、今のを参考に犯人を捜してみるといいですよ。それで犯人の目星がつけばたいしたもんだ」
    「あなたは神経がおかしくなってる」ザミョートフはつぶやくように言い、ラスコーリニコフから身を離した。ラスコーリニコフの目は異様にぎらつき、唇がぴくぴく痙攣している。話そうとしても声にならないといったように。ラスコーリニコフは自分のしようとしていることは充分に理解していた。次に口を開けば何を話してしまうかを。
    「ところでどうです? ボクがあの婆さんとリザヴィエータを殺した犯人だとしたら?」と不意に口にしたとたん、ラスコーニコフははっと我に返った。
     ザミョートフは怪しむような視線を向けた。その表情は真っ蒼だった。無理に微笑もうとするのだが、その笑顔はゆがんでいた。
    「しかしそんなことがあるもんですかね?」消え入るような声でやっと言葉をつむぐ。
     ラスコーリニコフは毒々しい目つきでじろりとにらみつけた。「白状なさいよ。ずっとボクを疑ってたんでしょう?」
    「そんなことあるはずがないでしょう! 今となっては、以前よりももっと信じられないですよ!」
    「そら、小雀が網にかかった!『以前よりも』とおっしゃるところを見ると、つまり前はそう思ってたということになりますよね」
    「いや、そんなことはぜんぜんありませんたら! するとわたしをおどかしたのも、こういう結論を引き出すためだったんですね」
    「ふーん、なるほど。では、あの副署長さんは、ボクが倒れたあとなんだって尋問なんかしたんでしょうね?」

     ラスコーリニコフは、ボーイを呼んで支払いをしようとする。これ見よがしにボーイに20コペイカものチップを渡すと、「ほら、金遣いが荒くなった男がここにいますよ。ここに25ルーブルもの金を持ってるし」と、ザミョートフを挑発した。「ボクが一文無しだったってことはご存じでしょう? おかみさんを尋問して聞いてるはずだ。…。もうたくさん! じゃあ、さようなら。いずれまた!」

     ラスコーリニコフは自分の中にヒステリックな狂気を感じていた。そして不可思議な満足感も同時に…。
     残されたザミョートフはしばらく動けなかった。ラスコーリニコフは、はからずも彼の考えを根底からくつがえしたのだった。しかもその考えは確固たるものになった。「副署長はただの間抜けだ…」

    アパートに戻ってみると、ラズーミヒンがいなくなった病人を捜して大騒ぎしていた。しかしラスコーリニコフは、そんな友に向かって、世話を焼かれるのは迷惑だとはっきり告げる。あまりの言葉に言い返すラズーミヒンだったが、ラスコーリニコフは話の途中で逃げ出そうとする。ラズーミヒンはそれを引き留めて言うだけ言うと、自分の引っ越しパーティに友を無理矢理誘うのだった。

     ラスコーリニコフはラズーミヒンから逃げるようにアパートを離れる。サドーヴァヤ通りの橋のところで足を止め、欄干に両肘をついて遠くを眺める。すると突然あたりの景色がぐるぐる回り出す。あやうく失神しかけた彼だったが、いきなり真横から運河に身投げした女にどぎもを抜かれ、意識を取り戻す。汚れた黒い水はパッと割れるように女を呑み込んだ。女はすぐに助け上げられたが、周りの連中が言うには自殺未遂の常習者らしい。わっと集まってきていた野次馬はすぐにいなくなった。ラスコーリニコフは一部始終に冷淡とも無関心ともつかぬ気分で眺めていた。胸がムカムカする。『いや、あれはよくない。水は…、水はふさわしくない…。やめておこう。あれ、そういえばなぜザミョートフはあそこにいたんだろう? まだ勤務時間中のはずじゃないか』彼は欄干にもたれてあたりを見廻して。『それがどうだっていうんだ! どうでもいいさ。よし、さっさと片付けてしまおう!』彼は、警察の方へと歩きだした。心は空虚で何か考える気にもなれなかった。『思っていたのとはだいぶ違うけど、これだってひとつの結末さ』

     あそこを曲がれば警察だ、というあたりまで来て、ラスコーリニコフは足を止めた。ちょっと考えていたが、別の方に曲がって回り道ををした。せめて1分でも先延ばしにしようと思ったのか、無意識だったのかそれはわからない。彼はうつむいて地面ばかり見て歩いた。そしてふと気づくとあの建物の前に立っていた。どうにも説明のつかない欲求。彼は、建物に入り、いつものように4階へとのぼっていく。ドアは開いていた。中には人がいるようで話し声が聞こえてくる。彼はそのまま部屋に入っていった。話していたのは作業の職人だった。死体はもうなかった。当たり前のことだが、逃げ出したときのままになっているような気がしていたのだ。死体どころか部屋には家具も何もなかった。年かさの職人がちらりと目を向けた。


    「何か用ですかい?」
     ラスコーリニコフは返事のかわりに、玄関先に戻って呼び鈴のひもを引いた。あのときと同じブリキのような響き! 驚く職人にラスコーリニコフは言う。「ちょっと部屋を探しているもんでね」
    「夜に部屋探しなんて…。それに部屋を借りたい人なら門番と一緒に来るもんでしょう」
    「床も洗ったんだね。もう血は残ってないかい?」
    「血って、何のことです?」
    「ここで婆さんと妹が殺されただろう。ここはまるで血の海だった」
    「なんだって? いったいお前さんは…?」
    「ボクかい? それが知りたいなら一緒に警察に行こう。そこで話してやるよ」
     二人の職人は不気味そうに彼を見つめた。
    「あっしたちはそろそろ帰らなくちゃいけねえんで。すっかり手間どっちまいましてね。さあ行くとするか相棒。戸締まりをしなくちゃな」
     職人を無理矢理連れて一緒に警察に行こうとしたラスコーリニコフは、門のところで門番にも声をかける。部屋に入ったこと、血の様子を尋ねたことを不審がる門番に、警察に連れて行けと迫るラスコーリニコフ。居合わせた連中からヤジられ、突き飛ばされる。ラスコーリニコフは、無言のまま見物人をにらみつけるとそのまま先へ歩き出した。
    「目立とうと思って適当なことを言いやがって!」
    「ほんとに警察へ突き出してやればよかったんだ!」

    「さて、どうしたもんかな」
     しばらく行った十字路の真ん中で足を止め、ラスコーリニコフはあたりを見廻した。答えは見つからなかった。



    二百歩ほど向こうの突き当たりの辺りに人が集まっている。叫び声が聞こえる。人混みの中に馬車が停まっている。気になって、ラスコーリニコフは騒ぎの方へと歩いて行った。あらゆることに進んで関わりを持とうとしているかのようだった。そう考えると自然と笑みがもれた。というのは、今やきっぱりと心を決めていたからである。警察に行くことに。それできっぱり片がつくはずだと固く信じていた。

     往来の真ん中に立派な馬車が停まっていた。中には誰も乗っていない。周りには大勢の人がいて、警官が車輪の下をのぞき込んでいる。馬車の横に呆然と突っ立っていた馭者らしき男が、何やらブツブツとくり返している。
    「なんて災難だ。ああ、なんて恐ろしい…」
     人垣を押しのけて覗いて見ると、たった今馬に踏みつけられたばかりといった感じで男が倒れている。見かけはみすぼらしいが、紳士らしい男。全身血まみれで、顔は皮膚が裂けてしまって原型を失っている。馭者はまだブツブツ言っている。「どうにも避けようがなかったんだ。スピードなんか出してやしない。この人が酔っぱらったようにひょろひょろと歩いてきて無理に前を横切ろうとして馬の足下に倒れちまったんだ。馬のやつ、驚いて暴れて…」
     警官が角灯で男の顔を照らす。ラスコーリニコフにはその顔に見覚えがあった。男は、あのマルメラードフだった。ボロボロの燕尾服を着た男。「この人のことなら知ってる! 医者を呼んでくれ! 費用はボクが払うから!」彼はポケットから金をつかみだして警官に見せた。自分の親のことのように必死になっていた。警官に少し金を握らせたりしたぐらいだ。

     マルメラードフの家はすぐそこ、わずか三十歩ほどのところだった。見ていた何人かと一緒にケガ人を運び込むと、カテリーナは真っ青な顔をして突っ立ったままでいた。子どもたちはすっかりおびえてしまっている。ラスコーリニコフが顛末を説明すると、「とうとう…」と、絶望的な声を上げて、夫人は夫のそばへ駆け寄った。
    「今、医者を呼びにやってますからね。費用はボクがもちますから、心配いりませんよ。ご主人の血を拭いてやってくれますか。血でケガの具合がよくわからないんです」
     カテリーナはたらいに水を入れて持ってこようとしたがよろけてあやうく倒れかけた。息が普通にできず、胸を押さえて立ちすくんでいる。ラスコーリニコフは、ここにケガ人を運んだのは失敗だったかな、と思い始めていた。一緒に来た警官たちも、何もできずぼんやり突っ立ているだけだ。
    「ポーリャ!」カテリーナが突然叫んだ。「ソーニャ姉さんを呼んでおいで! 大急ぎでだよ!」
    「早く帰ってきてね」小さな弟が行儀良く椅子に腰掛けたまま言った。
     いつの間にか、部屋の周りは見物人でいっぱいで、やがてはどやどやと部屋の中になだれ込んで来た。カテリーナが興奮して怒鳴った。
    「せめて死ぬときぐらいは、静かに死なせてやったらどうなの! 見せ物じゃないんだよ! なんだいタバコなんかくわえてさ! おやそっちはちゃんと帽子をかぶっているね! みんなさっさと出て行きな! 死者に対する礼儀くらいわきまえてもいいじゃないか!」
    「う〜ん」ケガ人がうめき声を上げた。カテリーナが駆け寄る。ケガ人は目を開けて、視線も意識も定まらないままに、のぞき込んでいたラスコーリニコフの顔を見つめた。ラスコーリニコフのことがわからなかったのか、不安そうにあたりを見廻す。カテリーナは悲しみに溢れた目でその様子を見つめていた。マルメラードフは彼女に気づくと言った。「神父さんを…」
     カテリーナは窓の方へ飛びのいて、窓枠に額を押しつけると絶望的な声をあげた。「ああ、なんていやな世の中なの!」
    「神父さんを!」瀕死のケガ人がまた口を開いた。
    「もう呼びにやったわよ!」カテリーナが怒鳴ると、マルメラードフは、おどおどした、泣き出しそうな目つきで彼女の姿を探し求めた。彼女は夫の枕元に近寄った。彼はいくらか落ち着いたように見えたがそれも長くは続かなかった。
     ようやく医者がやっては来たものの、もはやできることはなかった。神父がやってきて祈りを捧げると、小さな子どもたちもきちんと十字を切って丁寧におじぎをした。カテリーナは唇を噛んで涙をこらえていた。彼女も祈っていたが、子どもたちのシャツを直してやったり落ち着かない様子だった。見物人がまた増えてきていた。しかしさすがに部屋の中に踏み込む者はいなかった。わずかに1本の蝋燭の燃えさしだけが、これらの光景をぼんやりと照らしていた。
     そこへ、姉を迎えに行ったポーリャが群衆をかきわけて走り込んで来た。しばらくしてひとりの娘がおずおずと音もなく出てくる。死と絶望のまっただ中にはまるで似つかわしくない女。安っぽい服を着てはいるが、いかにもその筋の女らしくケバケバしく飾り立てられ、あまりにもはっきりとそのいやらしい目的をむきだしにしていた。ソーニャは部屋の敷居ぎわで足を止め、部屋に入って来ようとはしなかった。途方にくれたように目の前の様子を見つめている。
     青い目とブロンドの髪。ソーニャはあまり背の高くない、18歳くらいで、やせぎすの、だがかなり美しい女性だった。
     神父の祈りが済むと、カテリーナは自分と子どもたちの将来を嘆いた。そして、死んでくれればそれだけ損することもなくなって将来はマシになる、などと、死にゆく夫を最後まで鞭打つのだった。神父にたしなめられても、夫への叱責には終わりがない。そのとき、はげしい咳が彼女の言葉を途切らせた。彼女は苦しそうに胸を押さえハンカチで口を覆う。ハンカチは血まみれだった。
     マルメラードフは断末魔の苦しみに襲われていた。ふたたび自分の上にかがみこんだカテリーナの顔をじっと見る。何か言いたくてたまらない様子だった。
    「何も言わなくてもいいんですよ。何を言いたいのかはわかっていますから…」
     彼は、部屋の隅にソーニャの姿を見つけると起き上がって彼女の方へ手を差し伸べようとした。ソーニャは自分の立場や身なりを卑下して、父親に近寄れずにいたのだ。
    「ソーニャ! あれはわたしの娘だ! わたしを赦しておくれ!」
     マルメラードフはそのまま床に転がり落ちた。人々は慌てて駆けより、彼をソファーに寝かせたが、彼はもう息を引き取ろうとしてた。ソーニャはかすかに「あっ」と叫び父親を抱きしめたが、彼はそのまま息を引き取った。
    「これからどうしたらいいのよ! どうやってお葬式を出せばいいのよ! どうやってこの子たちを…!」
     泣き叫ぶ夫人のもとにラスコーリニコフは歩み寄った。彼は、マルメラードフに対する奇妙な友情ゆえの援助を申し出る。
    「ここにたしか20ルーブルあるはずです。もしこれが何かのお役にたてば…」
     彼はすばやく部屋から出て、階段の方に向かった。すると、目の前にフォミッチ署長が立っていた。彼は事故の処理を自らやろうとここに来ていたのだ。ラスコーリニコフに気づいて、フォミッチが声をかけてくる。「あなた、なぜここに?」
    「死にましたよ。医者も神父も来てくれて、万事とどこおりなく済みました。どうかあのご婦人をあまり刺激しないであげてください。あの人は結核かもしれませんから。あなたは親切な方だからだいじょうぶでしょうね」ラスコーリニコフはニッコリして付け加えた。「ボクにはよくわかっていますよ」
     ラスコーリニコフはそのまま階段を下りていった。熱に浮かされたように、静かにゆっくりと。何か、力強い生命力がみなぎってくるような、不思議な感覚とともに。階段を下りきる寸前あたりで、後ろから駆けてくる足音が聞こえた。ポーリャが追ってきたのだった。


     振り向くと、少女は、いかにも子どもらしく、うれしそうにニコニコと彼を見つめている。彼女は自分でもよほど気に入った言づてを持って駆けて来たらしかった。
    「あのねえ、あなたのおなまえはなんていうの? それからもうひとつ、おうちはどこ?」
     ラスコーリニコフは、少女の両肩に手をかけて、小さな顔を見つめた。なぜか幸福感を感じ、心地よかった。
    「誰のお使いで来たんだい?」
    「ソーニャおねえさん!」
    「きっとそうだと思ったよ。キミはソーニャお姉さんのこと好きかい?」
    「だれよりもいちばんすき!」
    「じゃあ、ボクのことも好きになってくれるかな?」
     ポーリャは返事の代わりに無邪気に彼に接吻した。そしてそのまま彼にしがみつき、顔を彼の胸にうずめるとシクシクと泣き出した。
    「おとうさんがかわいそう…」
     しばらくすると泣きはらした目をこすって「このごろはこんなふしあわせばかりつづくのよ」と無理に大人ぶったように言った。
    「おとうさんはあたしに、べんきょうと、せいしょをおしえてくれたの」
    「じゃあ、キミはお祈りができるんだね。ポーリャ、ボクの名はラスコーリニコフっていうんだ。こんど、ついでのときでいいから、ボクのこともお祈りしてくれないかな」
    「これからさき、いっしょう、あなたのことをおいのりするわ」少女は熱をこめて言った。そしてまた急に笑顔になったかと思うと、彼に飛びついてぎゅうっと彼を抱きしめた。
     ラスコーリニコフは、彼女に自分の名前と住所を教え、明日必ずまた来ると約束して帰って行った。

     往来へ出たときにはもう10時を回っていた。ラスコーリニコフは感じていた。自分は生きている、あのとき婆さんと一緒に死にはしなかったのだ、と。理性と光明が再び自分の元に戻ってきた気がした。よし見てろ、やつらとひとつ知恵比べをしてやろうじゃないか。そんな気にさえなってきていた。
     彼は簡単にラズーミヒンの住所を探しあてた。ラズーミヒンは、ラスコーリニコフがやって来たと聞いて飛んできた。酒にはめっぽう強い男だが、この日は明らかに飲みすぎのようだった。
    「中には入らないよ。絶対足を運ぶ、というほうに賭けたキミの勝ちだと言いに来ただけさ。なんせしんどくて、今にもぶっ倒れてしまいそうな感じなんだ。今日はこれで失敬するけど、明日またウチに来てくれないかな…」
    「いいとも。よし、家まで送って行くよ。その前に少しゾシーモフに診てもらうといい」
     ゾシーモフはうれしそうに飛んできて、ラスコーリニコフに飛びついた。その場でできるかぎりの診察をすると、ちゃんと薬を飲んで睡眠さえ取ればだいじょうぶだろうと。ラズーミヒンは自分を祝うために集まっている客を残して、ラスコーリニコフを連れて外に出るのだった。
    「あいつ、ザミョートフからキミのことを聞いて、精神科に目覚めたらしいよ」
    「ザミョートフから全部聞いたんだね?」
    「ああ、話してくれてよかったよ。何もかも理解できたからね。あのことは、やつらみんなの頭にこびりついてたことだったのさ。でも、あのペンキ屋がつかまって何もかもご破算になったろ。やつらは揃いもそろってバカばっかりさ。ボクはザミョートフを少し殴りつけておいたよ。…ここだけの秘密だがね。ね、キミ、このことは聞かなかったことにしておいてくれよ。とにかくだ、張本人は副署長のペトローヴィチさ! あいつ、キミが警察で倒れたってだけで…」
     ラズーミヒンは酔った勢いでペラペラとまくしたてた。ラスコーリニコフはむさぼるように聞いていた。
    「ザミョートフはすっかりしょげてるよ。キチガイのふりをしたキミにまんまと一杯食わされて、最後にペロリと舌を出されたわけだからね。キミは達人と言っていいよ、まったく。ポルフィーリもぜひキミに会いたがってたぜ」
    「キチガイねぇ…。そこまでのつもりはなかったがなあ」
    「いやなに、キチガイというのはちょっと言い過ぎたね。飲み過ぎたかな…。キミが事件に興味を示しすぎるってんで、その、つまりゾシーモフたちは精神病に興味がある、それだけのことさ。相手にする必要もないよ」
     30秒ほど二人とも黙っていた。
    「ねぇ、ラズーミヒン、実はボクは亡くなった人のところへ行った帰りなんだ。役人だった男が死んだんだよ。ボクはそこでありったけの金をやってきてしまった。ある人がボクに接吻してくれたのさ。その人はボクのために祈りを捧げてくれる、たとえボクが人を殺したとしても…。そこでもうひとりの人も見たんだ。燃えるように赤い羽根飾りをつけてるんだ。…。どうやらボクはよけいな話を始めてるらしい。衰弱してるもんでね。ちょっと支えてくれないか。もうすぐ階段だろう…」
    「どうした? だいじょうぶかい?」
    「少し目まいがするんだ。まあでもそれはたいしたことじゃない。問題なのは、悲しくて悲しくてたまらないってことなんだ! おや、あれはどういうわけだ?」
    「何がだい?」
    「あれが見えないのかい? ボクの部屋に灯りが点いてるじゃないか! ほらドアの隙間から!」
    「ナスターシャだろう、きっと」
    「こんな時間に彼女が来てるはずないよ。とっくに眠ってるさ。しかし…。そうか、まあいいさ。じゃ、さよなら!」
    「何を言ってるんだ! 部屋までちゃんと送るよ!」
    「そうかい、でもボクは、ここでキミの手を握ってお別れを言いたいんだ。さあ、手を出してくれ! さよならだ!」
    「いったいどうしたんだい、キミ…」
    「なんでもないよ。じゃあ、一緒に行くか。キミが立会人になるのも悪くない…」

     二人はまた階段を上りはじめた。ラズーミヒンの脳裏に、ゾシーモフの言うとおりかもしれない、という考えがちらりと浮かんだ。よけいなおしゃべりで、ラスコーリニコフの神経を狂わせてしまったのか、と。
     ドアに近づくと、中から話し声が聞こえてきた。ラスコーリニコフは躊躇なくドアを開け放つ。開けたかと思うと、そのまま棒立ちになってしまった。
     そこにいたのは、母と妹だった。すぐにこっちに着くという知らせを受け取ったにもかかわらず、二人の来着を楽しみにもせず、二人のことを考えもしなかったのはどういうわけだろう? この1時間半、二人はナスターシャに質問を浴びせ続けていた。ナスターシャは今も二人の前にいたが、もう洗いざらい話し終えたところだった。
     二人は歓喜の声とともに彼に飛びついた。しかしラスコーリニコフは、まるで死人のように突っ立っているだけだった。雷のようなショック。二人を抱きしめようにも、腕は上がらなかった。そうしたくてもできなかったのだ。母と妹はそんな彼をしっかり抱きしめ、接吻したり、笑ったり、泣いたりした。彼はふらりと一歩前に踏み出したが、そのまま気を失い倒れてしまった。
     ラズーミヒンが駆けよる。「だいじょうぶ、だいじょうぶですよ! ちょっと気絶しただけでたいしたことはありません。ついさっき、医者にもうだいじょうぶだって言われたばかりなんですから。そこの水を! ほら、もう気がつきかけてますよ」
     ラズーミヒンは、とっさにドーニャの手を思いっきり引っぱると彼女を病人の上にかがみこませた。母も妹も、まるで守護神でも見るように、ラズーミヒンの顔を眺めていた。というのも、ナスターシャから、一連の騒動の間、彼がいかに献身的にラスコーリニコフの面倒をみたか、ということについてよく聞かされていたからだった。



※このページは、日本語訳されたもの数種をベースにして、読みやすさを前提にリライトしたものです。内容に関するご批判は真摯にお受けしますが、ロシア語の原文に忠実にのっとたようなものではありませんので、その点あらかじめご了承ください。
もっとも参考にしたのはフランクリン・ライブラリー版(小沼文彦訳)です。ほかに主に参考にしたのは、光文社古典新訳文庫版(亀山郁夫訳)、岩波文庫の新版(江川卓訳)です。
※その他の参考資料:「『罪と罰』ノート」(亀山郁夫/平凡社新書)、「謎解き罪と罰」(江川卓/新潮選書)、「ドストエフスキイ・その生涯と作品」(埴谷雄高/NHKブックス)、「図説帝政ロシア -光と闇の200年-」(土肥恒之/河出書房新社)など
ウィキペディア等のネット情報も参考にさせていただきました。


PDF版は後日アップします)




第三部に続く(予定)
(2010.1.26/はやししょうじ)



※無断転載は一切これを禁じます。
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※学校関係者が生徒様に配布される場合はメールで下記までご一報下さい。
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